土橋牧師との対談
どういうところから話しましょうか?
はい、そうですね…自分は、その、死についての恐怖感っていうことがすごく強くて。
はいはい、いつ頃からそういう思いを持つようになってますかね?何歳ぐらい?小さい?
いや、本当に最近で。ああ、そうです、ミッドライフクライシスじゃないですけど、ええ、そういうことなのかなっていう風に思っていたんですけれど、その、最近になって、急に死ぬのが怖くなってきて。
で、特に、その、妻がいるんですけど、妻に病気で先立たれてしまったら、私、精神疾患持っていて。
はい。
で、今、働くことができずに療養してるんですけど、1人で自立できてなくて。ええ。で、家事とか、ええ、もう、その全部できるわけでもないし、生活能力とか、お金の管理とか、そういうものは、全然できないので、妻に先に逝かれたら、自分ではもう生きていけないと思っていて。娘もいるんですけど。
そうですか。
お嬢さんはおいくつ?
15歳です。
今はね、いいころですね。
はい。で、高校受験を終えて、今、うちにいるんですけど、娘にもそんなにこう、世話になるわけにいかないし、やっぱり、自分で生きていかなきゃならないっていう部分で、全く自信がなくて。
はい。
その、死に関するものっていうのは、すべて怖くて。
はいはい。
例えば、こうお葬式だとか、それからその葬式に関連する、なんか、こう仏具だとか死体だとか、そういうもの全てが怖くて、で、自分が、そういうお葬式とかそういうところにまだ出たことがないので、そういうところに出たら、具合悪くなってしまうんじゃないかみたいな恐怖感とかもあったり、もう死を取り巻くもの全てがやっぱり怖くて、自分自身では、それでこう、不安になってお薬を飲んだりとかっていうこともあって、その恐怖感とかをこう和らげるためにも、その、宗教にすがったらというのがあって、とある教会に行っていたんですけど、何回か礼拝には出たんですけど、なかなか、ちょっとそういう、自分の思ってるものとはちょっと違って、で、ちょっとこう、救われないなっていうのもあったので、最近、行ってないんですけど、それで、自分の知り合いで、山村さんていう方に相談したら、その土橋先生のところでお話を、うん、聞いてもらったらどうかっていう話を受けて、それで、1回、山本の方に先生がいらっしゃるときがあったんですけど、ちょっと私の体調が良くなくて、結局、今ぐらいになってしまったんです。
そうですね、なかなか、医者に相談しても、そういう問題はあんまり取り合ってもらえないですね。
そうなんですか。
死のことは、考えても、普通の生活を送らなきゃダメだ、ダメだというか、そういう感じで、あんまりその問題については、うん、お医者さんとしては、多分答えようがないんだろうなっていうのもあるし。そんな感じで。
あと、その、僕の両親は、いずれ亡くなる、それから、義理の両親が亡くなったりとかする時に、お葬式に出なきゃいけないんですけど、そういう時にすごく緊張するというか、死体と対面したりとかするのは怖いというか、そういう気持ちもあって、今から、そういうことをできるわけがないなっていう風に自分でも思っていて。
はい。
それで、これ、こういう気持ちを、こう、なんとかできないだろうかと思って。
ええ。
カウンセリングの先生、オンラインのカウンセリングの先生とかも探したんですけど、なかなか、こういう問題についてカウンセリングしてくれる先生って、なかなかいなくて。
そうですか。
はい。で、ちょっと自分でも困ってしまって、どうしたもんかなと思ってはいたんですけど。
今ね、ちょっとお伺いすると、いくつかの点が多分あると思うんですけど、そういうことを何か書き出してみたこととかはありますか?それとも、そういうことも恐怖っていうか、書くのもやっぱり怖いってなりますかね?
書き出したことはないです。
例えば、今、最初にお話伺ったことと、それから最初にメールで伺ったことも同じだなと思ったのは、ご自分の死の恐怖っていうことよりも、今、お話されたのね、少なくとも今、お話されたのは、ご自分の死の恐怖というよりも、ご自分が死んだらどうなるかっていうよりも、まずは、お連れ合いね、奥さんが亡くなられたら、自分は1人で生きていけない、奥さんが死んだらどうしようっていうことがまず1つありましたよね。
はい。
これと、それからもう1つは、誰かのお葬式があると、今までお葬式とか出たことがないから、そういう時にどうなるだろうかっていう不安とか。ご自分の両親、それから義理のお母さん、お父さんもそうだし、そういうことの不安っていうのはありますよね。
はい。
それは、なんかこう、死っていうことを関係してますけど、私から見ると、なんか別の不安のように見える。
うん。
ですけど、1つは、ご自分が死ぬっていうことに対しては、あまり恐怖は思ってない。それもやっぱり恐ろしい?
そうですね、自分がいざ、不治の病にかかって、余命宣告とかされた時に、自分が耐えうるだろうかっていうところは、やっぱり、うん、恐怖はありますね。
でも、何かそれはまだ、そういう、もしそういうことがあったらっていうぐらいの、何かまだというみたいな感じです。
身近に迫ってきてる切迫力は、妻とか身内とかの方は、より、こう切迫して感じられるような気はしますね。
でも、自分の死についても、やっぱり怖いですね。
はい、やっぱり死は全般的に怖いです。
そうですね。
皆さんそれぞれ、誰でも死ぬと言っても、自分が死ぬっていう時にやっぱり怖いなと思いますし、でも、一方でだれでもいつかは死ぬことになってるんだよね、私たちって。
例えば、もし寺田さんの場合に、何歳まで生きたら死は怖くなくなるとかっていうのがありそうですか。
それとも、やっぱり死は、100歳まで生きても、やっぱり死は死で怖いよねっていう感じでしょうかね。
その、僕が持ってる病気の平均寿命っていうか、寿命っていうのは、71、2歳なんですよね。
で、一般的な平均寿命に比べると10歳ぐらい短くて、で、自分は普通に生きたら71、2歳で亡くなるのかなっていう風な漠然とした思いはあるんですけど、まだまだそんなに急にやってこないっていう思いがあって、そんなに切迫しては感じないんですけど。
はい。うん。
もちろん、その、死ぬことに対してはそうです。
まず、身内の方が亡くなっていくっていうことに対する恐怖っていうのは、多分、ご自分がね、今自立していない、何か誰かの頼りになってるから、誰かを頼りにしなきゃ生きていけないから、今1番自分の世話をしてくれる人がいなくなってしまったら、もう生きていけないんじゃないかっていう恐怖っていうのは、なんか、奥さんが亡くなった時の恐怖なのか、それとも自分がどうやって生きていったらいいのかわからない恐れなのか。
その辺がなんとなくね、私、死に対する恐怖って言っても、なんかどっちなんだろうな。
どっちもあるのかもしれないですけど、その辺がなんか整理されるのか。
あるいは、少しこう、それは、例えばご自分がそういうこの、変な言い方ですけど、奥様が亡くなられても、何か自立する道とか、あるいはサポートしてくれる人たちがいるっていうことを知ることで安心できることなのか、それともやっぱり、それとは別に、やっぱり奥さんと一緒にいる、それはとてもかけがえのない時間で、いや、ほんとはもう一生一緒にいたい。できれば自分、自分の方が先に死んで、奥さんと女の子があとでいいとか思うぐらいなのか。
やっぱり、それは僕が早く亡くなった方がいいなって思ってしまいますね。
どうしても妻には長生きしてもらって、やっぱり妻はその病気を支えてくれたかけがえのない存在ですし。
うん。例え、妻が亡くなった後にだけ、後にサポートしてくれる色々な社会資源があったとしても、それでは満たされないような悲しみとか、そういうものが必ずやってきて、それで自分の体を壊すんじゃないかなっていう風なことは予想できると思います。
死っていう、肉体的な死っていうのは、やっぱり誰でも、もう身内のことだったり。私も最初に自分の身近で死っていうのを経験したのはおじいちゃんでしたね。
私が小学校の時におじいちゃんが70代ぐらいで亡くなったのかな。
それで確か脳溢血だったんですよね。はい。
で、その時に初めてなんか人の死っていうのを身近にしたかな、身近に感じたかなとは思って。
はい。でも、おじいちゃんと一緒に暮らしてはなかったので、母親が泣いてるの見て、ああ、母親は悲しんだ。母親の方の父だったんですけど、おじいちゃんだったんですけど、母親は辛いんだなっていうぐらいの印象しかなくて、あとは、なんだかあんまり、日常に戻ったら、いつも一緒にいるわけじゃないから、そういう寂しさとか、そういうの、あんまり持たずに、忘れちゃったな。
だけど、うちの、その祖父の連れ合いで、おばあちゃんが、私は岩手県で過ごしていて、そして、おばあちゃんは東京にいたんですけど、おばあちゃんとおじいちゃん、東京にいたんですけど、で、休み、夏休みとか冬休みとか、そういう時には東京行って、おばあちゃんに会ったりして、で、そうすると、やっぱりおじいちゃんいないんだなと思ったり、おじいちゃんがこれ大切にしてるだろよって見ながら、あとはおじいちゃんの写真が飾ってたりするので、おじいちゃんだなって思うけど、おじいちゃんの思い出ってのはそんなに強くないね。
だけど、そのおばあちゃんの時は、おばあちゃんはその後、私が23かな、だから、小学校10歳でおじいちゃんが死んで、その後おばあちゃんが94だから、おじいちゃんも80ぐらいですね。おばあちゃんが死んじゃった時は、その後、僕も就職で東京行ったりとかして、よく訪ねたりしたこともあって、ああ、とっても寂しいなとか、100歳ぐらいまで生きてほしかったなとかって思ったりもしたことありましたね。
でも、そのうち、なんか、おばあちゃんからもらった手紙とか、いろんな思い出とか語り合ってると、まあ、おばあちゃんは確かに死んじゃっても、そういう声とか聞けないけど、おばあちゃんと一緒にいたことっていうのはとても良かったことだなとか、おばあちゃんと出会えてよかったなっていう気持ちはあって、そういう気持ちが、なんていうかな、亡くなった人っていうのは、決して、なんていうの、死んじゃって、確かに世の中の人は、世の中って大変だけど、死んだら終わりだとかって思う人も結構、うん、いらっしゃるんですけど、私は、なんか、死んでも終わんないなっていう気持ちは、なんとなくあったんですね。
うん。で、だから、おじいちゃんとは、だから、そういう、あんまり思い出もなくて、ただ、なんか雰囲気だけとか、そういうのしか覚えてないから、おじいちゃんが生きてたらどうだろうかとか、僕は、大人になって、おじいちゃんにこんなこと聞いてみたかったな、あんなこと聞いてみたかったなっていう思いはあるけど、あんまり、おじいちゃんは確かに死んじゃって、自分の中にはそんなに強く残ってないけど、おばあちゃんはやっぱり残っていて、そして、なんかやっぱり大切な人だなっていうイメージと、それから、おばあちゃんの、おばあちゃんを通して色々教えられたり、学んだこともあるし、楽しかったこととかもあったなっていうのがあって、そういうおばあちゃんは、きっと僕の人生を通してまた生きてんじゃないかなっていう感じが、うん、私の中にはあるんですね。
ですから、こんなこと、それが慰めになるかどうかはわかんないですけど、お連れ合いが亡くなった時、そうです。やっぱり、寂しさで鬱になってしまうかもしれない。それは、そういうこともやっぱりあるだろうとは思うし、ないとは言い切れないとは思うんですけど、でも、だからこそ逆に、今生きている間っていうか、この時に、ほんとにかけがえのないものとして、良い思い出というかですね、お互いのことをよく知っていく。
そして、この人がたとえ、死んだとしても、自分の中に生き続けるんだっていうぐらいの出会い方をしていけたらいいんじゃないかなという感じもしてるんですよね。
うん。で、それが1つは、今を生きるっていうことに繋がると思うし、うん。その、私、なんていうかな、キリスト教の牧師だから、そういう風に思うのかどうかわかんないけど、その、聖書の中で、イエスキリストってのは復活したっていう風に出ていて、もちろん、肉体的に復活したって聖書は書いてるから、普通の人はそんなのありえないって退けちゃうけど、でも、元々はどういうことだったかなって思うと、イエスっていう人がやってきたこととか、語ってきたことを、その弟子たちはやっぱりもう1回考え直したり、そのイエスはやっぱり死んじゃったけど、殺されちゃったけど、イエスさんが言ってたことはやっぱほんとだよね、あれは嘘じゃないよっていうことから、なんか自分たちの中でまたこう、イエスのことを思い出すことで力を入れていくっていう、そういう1つの結果として、そういう弟子たちの活動っていうのはあったのかなとか。
そして、イエスって人は30歳で、30歳ぐらいで死んで、そして十字架っていう死刑で殺されて、それだけでもなんともこう恐ろしくて、考えた時もちょっとこう、自分のなんかこの辺がぞわぞわするような感じだけど、それでもなんかそういう人を慕って、またそれを、その死をなんか無駄にしないっていうか、それを今に生かしていくものっていうのが、聖書とか、キリスト教っていうのはあるのかなっていう感じがして、そう思うと、やっぱり、今どう生きるかっていうことが、やっぱ1番大事なのかなっていう感じを私はしてるわけです。うん。で、私の場合は、神様信じてるっていうか、そういう全て含めて、なんか、自分は、ただ自分の力で生きてるっていうよりはね、寺田さんが、自立しなきゃって、あるいは自立できないって思いがあるって言ったんですけど、私は若い時に、学生の時に、ある先生にね、皆さんは、自立しなきゃとか、これから学生から卒業して自立していくっていう道を歩むかもしれないけど、自立って言って誰にも頼らないで生きることじゃないよって言われたんですね。
自立っていうのは、誰かに自分は頼らざるを得ない存在なんだと。例え、自分でお金稼いで、就職して、自分でお金稼いで、それでなんか生活を全部やっていけるかのように思ったとしても。
食事をするときに、食材はじゃあ誰が作ってるの。
それから、誰が食材を運んでるの。お金がいくらあっても、天変地異があったり、戦争があったり、あるいは何かがあって農産物が取れなくなっちゃう、あるいはそれをたとえ取れていても、それを運ぶ輸送手段がなくなっちゃうとか、そういうことがあったら、自分で自活してるつもりでいて、ああ、自分はその農家の人とかは食べ物作る人に頼っていたんだな、あるいは何か運ぶ手段をしてる、そういう仕事してる人に頼ってたんだなっていうことがわかるわけじゃないですか。
はい。
で、そういうふうにして皆さんは、たとえ自立って言っても、完全に自分だけで生きることはできないんですよ。
で、自立っていうのは、いかに自分がほかの人に頼っているか、ほかの人のおかげで生きてるか、それをちゃんとわかって感謝することじゃないですかっていう風に言われて、そうかって思って。なんか自分だけで生きようとする、自分だけで生きなきゃいけないんだっていう、なんか呪縛というかですね、そういうのがちょっと解放されたっていう経験を持ってます。でー、だから1つは、やっぱり日々、ある意味では感謝して生きるっていうことは大事なのかなって思ってるのと、それから、やっぱりなるべくそういう大変なことが起こらないように、それはもう祈るしかないかなっていうか。
もう自分の力じゃどうにもならないですよね。
うん。天候不自由になったり、
今野菜とか高くなったり、お米が去年夏、不足して、それ以降お米の値段も高くなったりしてるけど、ああいうことが起こらないようにってただ願うしかない。
あるいは、せいぜいそれが人間が起こした環境破壊の影響なんだとかいうことになれば、それはそれでちゃんとそういうのの対応、投資ができるのか。
自分には直接、何かできないけど、そういうこと考えてる人をサポートする、そういうこともできないけど、なんかそういうこと考えることはできるかなとか、そういうことを少しずつ、こう、目の前にあることで、何かそういうできることを考えていくっていうだけでも、ちょっと違うのかなっていう思いを持ってるんですよね。
それで、そのあとは、自分が死んだらどうなるかっていうことも、僕も小学校ぐらいの時に、小学校高学年か、あるいは中学生になったから、とにかくなんか部屋で寝転んでる時に、こう、なんかこのまま自分は生きててどうなるんだろうとか、死んじゃっても世の中何も変わんないし、意味ないんじゃないかななんて思ったようなことがあって。
で、ちょうどその頃に、「僕は12歳」っていう、詩集というか、エッセイというか、そういう本が、話題になったんですよ。うん、サミっていう人の息子さんで、ポサムっていうのは作家の人なんだけど、その人は日本人。コサムっていう人は、在日の韓国人の人で、日本人と結婚して、韓国人の場合は、日本人と結婚すると、性は一緒にならないので、息子さんの方は、かましって言ってかなかなとかって名前なんだけど、で、その人が12歳で自殺しちゃったんだよね。
それで、12歳で死んじゃう人がいるんだなと思って、それで、お父さんもとても悲しみを持ちながら、でも、その息子さんが血を残したっていうことに、すごく慰められていたり、その12歳の言葉だけど、なんかとっても響くものがあって。
で、それを読んで逆に僕は、僕はそう簡単に死ねないな、こんなふうに考えることもできないし、もうちょっと人生ちゃんとなんか生きてみないと、とても、死ねないなって思っちゃったんですよね。
それからあとは、自分が死にそうになったことっていうのはそんなにないけど、僕は柔道っていうのは高校の時部活でやってて。
そしたら友達がとても体格が良くて、柔道部に誘ったんですけど、その友達のお兄さんが柔道やってて、実は死んじゃったんですって。
それで、お母さんとお父さんは、絶対もうの下の子には、柔道はやらせないと言ってて、そうなんだって言って、柔道って死ぬ可能性あるんだって思った時、思ってたらやっぱり僕も投げられて、首から受け身を取る間もなく首からガンって。
こうやった時に、これは死ぬかもしれないっていう恐怖を感じたことがありますね。
で、もうその時は、じゃあ、2度とこういう目に遭わないように鍛えようなんて言って、それはそれで乗り切った感じもあったけれども。
あとは、車を運転してて、追突されそうになったりとか、あるいは自分がちょっと居眠りっぽくなったことがあって、このままじゃ事故起こしちゃいそうだって思った瞬間があったり。
それから、あとは、何年か前に僕、虫歯が放置してて、結構その歯の、なんていうの、化膿したものが、この辺にたまっちゃってたんですよね。
それで病院行ってみたら、ちょっと手術しなきゃいけないですねって言って、これで取り除いてみますけど、取り除けないと、もうちょっと大掛かりになりますよなんて言われて、すごくその時に、あ、もうなんか感染症みたいに、最近はそうやって、菌が入ってってなったら危ないとこだったのかもななんて思って、ちょっと恐ろしさを感じたことです。
ただ、その時もどっちかっていうと、自分が死ぬっていうよりは、自分が死んで残された家族は大変だろうなって思うところが大きくて、自分は死んじゃったら死んじゃったでなんとか、それは僕は神様を信じてるから、神様がなんとかしてくれるっていう思いと、一方で、その時神様いなかったいなかったで、もう無になるしかないかな。
それは、もう自分の意識と関係なくなっちゃうから、死んじゃったら、それはもう何も感じなくて、もうしょうがないとしか言いようがないなって思ってしまったので、なんとなく、その恐怖的なことは、なんか去っていったかなというのと、もう1つは、一応、キリスト教を信じてってか、そういう時に、今、自分はやっぱり生かされてるっていうのは、神様によって生かされてるのかなって思うと、きっと、神様がいい時に自分の命は天に取り去られるのかな、それまでは一生懸命生きるしかないなっていう、そういう感覚で今は生きてるかなっててますかね。で、一応、なんとかね、今年、息子が就職して、娘はちょっとまだ勉強したいって言って、まだちょっと、あれ、なんとか、娘が一応3年間の、あと3年ぐらい学ぶっていうのが最初のあれなんだけど、娘はとしては、30歳ぐらいまではまだ、私、お父さんのすねかじるからねって言われて、ああ、なんとか娘が30になるまではなんとか生きていかなきゃいけないかな、なんとか生かしてくださいっていう、そういう思いで一応今はいるかなっていう感じですね。
それで、僕は、確かに妻もね、一緒にいて、妻もなんか高血圧で、何年か前にその血圧が200超えて、あー、それは危ないな、どうすんだろうって、それを聞いた瞬間に僕もなんかもうすごい不安になっちゃったけど、でも今、薬で抑えられて、でも、うちの妻も、無理しちゃいけないよなと思いながらも、でも、それもどっかで、そうなったら、そうなった時だよねっていう感じになっちゃってるとこ、あるんですよね。
うん。それはきっと、なんかこう、覚悟というほどの覚悟じゃないけど、なんかあっても、その先はちゃんと守っても、導いてくれるよっていう、そんな勝手な思いを持ってるからかもしれないですね、うん。
で、牧師でもね、道半ばっていうか、若くして小さいお子さんと奥さん残して、突然亡くなっちゃった方もいるんですよ。
うん。で、その方も、まず、説教集とか、いろんな書いたものとかも、後からご家族が、みんなまとめて本にしたんだけど、そういうのを読ませてもらった時に、ああ、すごいいい牧師さんだったなとか、こういう人がどうして早く死んじゃうんだろうって思ったんだけど、それ、その時も、最初に小学校の時に読んだ「僕は12歳」っていう詩集を読んだ時と同じで、俺は、こんなこと、とてもできないなって思って、神様、僕は、もうちょっとちゃんとまともな牧師になるまで、この命を取り去ってるのを待ってくださいってしちゃったんだよね。
それで今は、だから、きっと僕はまだまだ不十分だから生かされてるのかもしれないし、一仕事こう終えるとか、一つ区切りつく、誰の目から見ても、この人はよく生きたな、そう思えるときに、その命は取り去られるのかもしれないなっていうぐらいで、今はいる感じですかね。
うん。で、もう1つは、その、宗教的に言えばね、キリスト教は、やっぱり復活っていうのを1つの教えの中にあるんですよね。
だから、それも実際に、この、いつまでも死なないっていう意味は、1つは、この、これまで生きていた証が世の中にちゃんと残っていく。
イエス様を信じ、イエス様のように、イエス様自身がもう2000年前に30歳ぐらいで死んじゃってもなお、その命あれ、その生き方っていうのが今も伝えられるように、(?)それから最後は、これも信じられないことだけど、最後に神様は、その、この世界が、これもう1度新しく作り変えるって、聖書では約束したんですけど、その時に全ての人が復活させられて、新しい世界に生きることができるっていうのを、それはもう、死んでみないとわかんないから、わかんないですけど、とりあえず、それを頼りに、それが最後の希望かなっていうことで、なんか、死ぬ恐怖というのは、どっかちょっと、今んところ、30パーセントぐらいは、死ぬ恐怖もちょっとあるけどね、死ぬときに苦しみたくないかとか、色々、ちょっと怖いなって思いもあるんだけど、そんな風に思ってるとこあります。
それから、あとはね、死っていうこととか、そういうことで思ったのが、あの、前にね、うちのおばさんが、おばさんもクリスチャンで、もう死んじゃったんだけど、そのおばさんが、そのおばさんの子供にね言った時に、その、なんていうの子供が、そのおばさんに、神様はいるって言うけど、どうして見えないの。って言ったんですって。そしたら、そのおばさんが、あなたは私のお腹の中から生まれてきたんでしょ。それはわかる?って言ったら、お腹の中にいた記憶はないけど、そうだって思ってるって言ったら、で、お腹の中にいるとね、私の顔なんか見えないのよっていう。だって、それで、それと同じなのよって言ったらしいんだよね。で、それを聞いて、そういう風にも考えられるのかと思って、なんか今、僕がここで生きてるっていうのは、もしかすると神様の大きな子宮というかね、そういう中に生きてて、死ぬっていうことは、そこから、この世界から飛び出ること。そういう時にはっきり分かることって、もし、また新しい世界に生きるっていうのは、ありかな、なんて勝手に思って、そういう風な、いろんな捉え方あるけど、そんな風には思ったりしてますね。
それから、誰かが死ぬっていうことも、僕は色々お葬式とかそういうことも、ここでも何人もの人を送ってるけど、その都度やっぱり死は決して終わりじゃないっていうことは、ご遺族の人に言ってるんですよ。
1つは、その亡くなった人との関係。それがほんとに深い関係であればあるほど、その人はやっぱり自分のこう身近で、また何かあるごとに思い出される人であったり、それから、ふと気が付けば、その人の肉体がなくなっても、やっぱり自分と一緒に今も生きてるんだって、そう思える瞬間はきっとあるっていう風に思ってますね。
そういうことを、ちょっとおばあちゃんの話で言ったけど、おばあちゃんの一緒にいたっていう、離れてはいたけども、何かある時におばあちゃんこういうこと言ってたなとか思い起こして、それが今も自分の中に生きてるような、そういう風にして亡くなった人は、決してそれで終わりじゃなくて、今も生きている。
で、そういうこと。ある人は、東日本大震災とかでね、大勢の人がいっぺんに亡くなったときに、そういう、慰めようと思って言ってたのかどうか知らないけど、とにかく死んだ人は死者となって、今、私たちの中に生きてるんだっていう、言ってたんですね。
そして、その時には、生きてる時には言えなかったごめんねもありがとうもそうして言えるようになる。そして、対話が、死者との、死者となった愛する人との対話は、これからも続くんだっていうこと書いていて。
それも、なんだか、その死が終わらないっていうことが、1つ意味としてあるかなっていう風に思って。
で、せめて、やっぱり、今、愛する人、大切な人と思ってる人には、ちゃんと、ごめんね、愛してるって、言ってこうっていう風に。そういうことですけど、ご参考になるかどうかわかんないですけどね。
はい、そうですね。もう1回、家に帰ってみて。
うん。
お話をちょっと聞き直して、ちょっと何度も聞き直して、それで、自分なりに考えてみないとわからないですけど、でも、とても自分に参考になるお話を聞けた気持ちがあって。
で、もう1回でも何回でも聞きたいなっていうお話だったなという風に思っています。
はい。
あとはね、色々、今ね、ある人は、死っていうのはとてもかえって多くの人にとってすごく怖いものになっているっていうのを書いてる人がいて。
それはどうしてかっていうと、昔はみんな家で看取ることが多かったっからだっていうんですよ。
おじいちゃんおばあちゃんとか、大家族で、家でみんな最後を看取って、お医者さんが最後来てくれる。
でも、今は病院でその死っていうのを迎えるようになった。
そして、そう、コロナの時そういうの言われてですけど、コロナになったら、最後の死ぬ瞬間さえも家族は会えない。
そういうことがあって、なおさら皆、死を恐怖に思う。
でも、ほんとは死は誰でも経験することで、みんなほんと小さい時から本当は人の死っていうの経験していった方がいいんじゃないかっていう風に言っていて、死体を見たことも触ったこともないっていう時代になってしまったことは、実はとても不幸なんじゃないかななんて言ってたんですね。で、私もそういうこともそうだなと思ってと。
それから、なんていうかな、僕、父親がね、10年前に死んじゃって、80歳で死んじゃったんですけど、そん時はもう割合末期の癌が見つかって、でも2年間はなんとか生きててくれて。で、最後、いよいよ最後だなと思った時に、もう1回会いたかったなっていう思いと、まあまあ親父はよく生きたなっていう思いがあって、最後は、ほんとは感謝なことだなとは思ったんですけど、うちの弟が、このおじの死体を見て見ながらね、髭がこう伸びてるの、あれして、抜くんですよ。
うん、それで、生きてる時は、髭なんてそう簡単に抜けないじゃないですか。
はい、ぎゅってやんないと。でも、死んだら、すって抜けるのね。
あーあーあ、抜けるよ兄貴。こんなに髭とか髪の毛も抜けんだなっていう風に言って、生きてるっていうのは、そういう、こう、生命力で、そういうとこに現れてんだなと思ったのと、最初は僕は、弟がそんなことする、そんな罰当たりなってね、思ったんだけど、死んだ体はもう、なんていうか、そこはもう魂に生命力がないんだな。
それは1つの大切に、それを無下にしろとは思わないけども、それはやっぱり生きていた時の証っていうことは大事なものだけど、でも、そこにもうその人はいないんだなって、そういう感じは思ったんですよね。
だから何人か、それで、この間も実はね、お葬式があって、最後その棺を納めた後も、まだ今の納棺は釘打ちとかしないから、また開けてどうぞ、葬儀屋さんが、どうぞ皆さんまたお別れしてください、お顔に触れたりして語りかけてくださいなんてことを言うんですよ。で、やっぱりなんか、その、愛しい人だったらなおさら、あ、おじいちゃんありがとうねって言って、お孫さんとか言ったりしてくれたりして、それはとても、なんかとてもいい光景だなってですね。
死体っていうのも、そんなにこう、恐ろしいものじゃないな、愛する人の死体はそんなにあれじゃないなっていう、そんな感覚を今ちょっと、うん、そうですね、やっぱり死に触れてきたことがないっていうのは、1つ、やっぱ死を恐怖として遠ざける原因の1つだと思ってはいますね。
僕も、そのお葬式に最後に参列したのは、私の祖父のお葬式の時に、なんとなくこう、死体があるのを見たぐらいで、そっからずっと離れて、お葬式もなくて、死体を見る機会もなかったものですから、やっぱりそういうものに対して、こう、ちょっと恐怖感っていうか、怖さっていうのはずっと持っていて。
で、今度、誰の、誰がこう死体になるんだろうっていうようなことを1人で考えていると、怖くなってきてしまったりとか、そういうことの、やはり、その死についてこう慣れるっていうんじゃないですけど、その家で看取るとか、そういう昔の習わしみたいなものから離れても来てしまったし、死をどんどんこう遠ざけてというか、身近に感じることのない社会になってきたもんですから、私もそういうところにこう、死を身近で感じられることもできないっていうのも、1つ、やっぱりここまでこう恐怖を膨らませてしまったっていうことの1つの原因だろうなっていう風に、今日のお話聞いて、はい、思いましたね、はい。
ただね、やっぱり、そうそう、何かあれですか。
あれさ、例えばテレビのドラマとか、あるいは何か小説の漫画とかで、好きなこととか好きなものとか、出会ってますか?自分なりのフェイバリットとか。
フェイバリッドですか?
なんだろうな、あんまりちょっと考えて、ぱっと出てこないんですけど、あのね、なんだっけな、うちの娘とか息子とかがね、最近よく見てるアニメがあって、それはもともと原作は知念美人っていうお医者さんで、なんか推理小説みたいなの書いてる人がいるんですよ。ええ。で、その人が、その、アベクタカオっていう女性の、若い天才医師みたいな、天才医師なんだけど、ちょっと発達障害系の人で、周りの空気読めないっていう、そういう女性で、はい。で、知識はあるけど、やっぱりちょっとこう、人とのコミュニケーションが苦手な人が主人公なんですよ、はい。で、そのアベクなんていう、変な名前だけども、アベクっていうのが苗字で、タカオっていうのが名前なんだけど、それは女性なんだけど、その、あるところで、自分の同僚がね、死んじゃうんですよ。
死んじゃって、それで、みんなお葬式行くよって言ってるのに、私、もうあいつは死んだんだ、今更、葬式なんか行っても無駄だ、私は行かないとかって、がんと行かないっていうモードがあってんですよ。それで他の人はそんな最後のお別れ行きましょうよなんとかって言うんだけど、その人はやっぱり行かないっていうことを突き通してると。そうすると、そのお母さんが、実はね、お葬式の場がとても嫌なのよ。ああいうとこでやったか、変なこと言っちゃうんじゃないかとか、なんかその場の空気が読めなくて、そういう経験を前したもんだから、きっとそれで行きたくないんだよっていう風にお母さんの方がその同僚のある人に言ってて、そういうケースもあるのかなと思ったりして。なんかお葬式の場っていうのに、ちょっとそぐわないっていうか、ちょっとああいう場に行きたくないなっていう感覚も、もしかして人の中にあるかなって感じね。だから、うちの教会の信徒さんでも、ちょっと、なんて、音にの、すごく敏感になっちゃった。怪我かな、なんかを機に音に敏感になっちゃった人がいて、で、その自分の姑さんが、もうそんなに長くはないっていうのを聞いた時に、自分はこのままじゃ、その姑さんのお葬式に出るのもちょっと怖いっていう風に言って、なんか、お葬式とかで、色々、色んな人が、こう、声を出したり、座をついたりっていうのに、とても不快に感じて、倒れてしまうかもしれないって言って、そうならないように祈っててくださいなんて言われたんだけど、最終的には、それは少し緩和されてきて、去年、その方は亡くなったんだけど、そのお嫁さんの人もちゃんと出席できて、ああ、良かったですねなんて思ったけど、やっぱり、このお葬式っていうことを考えた場合にも、寺田さん、そんな風には思ってないかもしれないけど、でも、そういうケースも色々あるなっていうとこですね。で、それはそれで、やっぱり、もしそういう気持ちになった時には、ちょっと悪いけど、失礼させてもらうっていう風に言ってもね、事情抱えてる人だと思われれば大丈夫だと思うんですよね。
うん。
僕もほんとに倒れてしまうかもしれないっていう風な恐怖を持ってて、その場にいることが耐えられないというか、こう、遺体が動いたりとか、そういうことをするだけで結構怖い。それが、子供の頃におばあちゃんが亡くなった時に、ええ、遺体をみんなでこう、棺桶の中に入れるじゃないですか。シーツごと。それを見ていて、ちょっと近づけなくて、それを見ている間に急にこう、脳貧血みたいな感じでくらっときて、倒れそうになってしまった経験があって、それを強烈に覚えていて、まだ子供の頃だったんですけど、なんかああいうことが起こったらどうしようとかっていうのを今で思っていて。やっぱり死体っていう存在自体怖い、怖くて。その、それをこう納棺、納棺する時に、みんなでこう引き上げてっていう時に、死体がちょっと動いたりとかするじゃないですか。そういうことが、動くこと自体もちょっと怖いなとか思ったりとかして。そういうのを想像してみた時に、こうちょっと、貧血じゃないけど、こう倒れるんじゃないかっていうのを、それは自分でも思ってるんですよね。
だけど、ちょっと立場上避けるわけにもいかないし、どうなるかわからないけど、仕方がないよなと思って、その、倒れたら、倒れたら、仕方がないよなって思って、今はいるんですけど。
でもね、嫌なことね、ね、違いないですね。
そうですね、嫌ですね、嫌というか、怖いっていうかですね。
多分ね、そういう気持ちはね、なかなか、どうしたら怖くなくなるかっていうことは、多分ね、それ、結構難しいっていうか、私はなかなかそこ、そういう風に考えちゃうと、かえって恐怖心とか、その拒否感っていうのは、かえって強くなるような感じがして。
うん、やっぱりそれは、そういう、自分はそういうものなんだっていうのを受け止めて、またそれを他の人にも、ちょっと悪いけど、ちょっとそういうことが起こるかもしれないから、その時は助けてねっていうぐらい言っとくしかないんじゃないかなって思うんですけど、そういう。
そうですね、そういう対応した方が絶対にいいですよね。
はい。楽だと思います。
で、やっぱりこう、昔はなんかね、人をこう、人間は変わるとか、変えなきゃっていうことがあったかもしれないけど、もちろん、変われるものは変わってもいいけど、そうやって無理やり変えたがために、かえってこう、深いとこで傷を負ってる人とかもいたりするので、うん、やっぱり無理やりは変えられないよね。
やっぱり、その感じたところとか、思ってることっていうのはちゃんと受け止めて、そして、それを他の人にも理解してもらえる。そういう形でしか私たちは社会の中で生きていけないんじゃないかなっていう感じはしてんですよね。
すごく。それはあれですね、僕が患っている精神疾患の捉え方にも参考になるお話ですね。誰もがほんとはそういう風に思っていけば、ちょっと精神的にとか、あるいは発達障害的にとか、ちょっと他の人と違うあれをする人がいたとしても、なんとかなるんじゃないかなって私は思っていて。
山村さんの話を聞いてても、山村さんがいろんな突飛なことをした時に、最初はみんななんであんな突飛なことするんだ。っていうか、なんで?って彼女に聞かずに、あんた、こんなことしちゃダメよ。あんなことしちゃダメよって上から目線でもバンバン言ってきて、それにもう耐えきれなくなってしまうっていうことがあったらしいですね。
そうなんですか。
だけど、やっぱり自分はこう、例えば何かね、みんなで大掃除したりする時に、何をやっていいか全然ぱっとこう思いつかなくて、立っているんですって。そうすると、なんでそんなとこ、突っ立ってんだよっていう風にみんな声はかけるけど、何しろあれしろって言ってくれない。
でも、どうしたの?って、せめて声かけてくれたら、私だってこう言えたのにって言ってて、だから、何かこう戸惑ったり、あるいはこう浮いてる人がいたら、何か困ってます?大丈夫ですか?って声かけるようにすれば、それだけでも違うかな。
そうですね。
そういうことをできれば心がけたいなと思ってます。
そうですね。全くそう思います。
うんうん。きっとね、理由なくそうしてる人って多分いないんです。
そうですね。そこを解釈しないと分かり合えない部分っていうのはあって。
そうですね。うん、
今日、いいお話を聞かせていただいて録音して文字にお越しして、繰り返し読んでみたいと思いました。また色々聞かして、変だなと思ったから、また聞いてください。
はい。色々また聞いてみたいこととか、お話をしたいなって思うことがたくさんあるので。
はい。なかなかあれですね、そういう、僕はキリスト教の、なんて言うんですかね、求道者って言うんですか、そういう方を求道者って言うんですか。?
ね、その言い方もね、なんか変でね。僕は一生ある意味では求道者だと思ってんですよ。
うん。聖書の中にはね、パールっていう人が、私はそれを得たというわけじゃなくて、なおも追い求めてるんですって書いてるとこなんですよ。
僕はそれは結構好きで、やっぱり何かこう、ある、自分はもう達したよとか、自分はもうゴールに行ったよって、そういう感覚はやっぱりこういう道にはない、いつもない。
ないですね。むしろいつも、例えば今日だって、僕、別に何か教えようっていうよりは、人と会うとその人なりの感じ方を知ることができて、それが僕にとってはまた新しい発見だったりするし。
うん。そういうことを通して、また聖書の読み方は変えられてくるんですよ。
自分1人で読んだだったら、わかんないことが人のこととか。
だから僕、割合そういう実際の人と会うこともそうだし、文学とか映画とかそういうドラマとか、そういう中でもこういう感覚の人がいるんだなとか、あるいは世の中の人、こういう本もう読んで感動するんだなとか、そういうことからまた学んでいくことがあるので、私としても今日はありがたかったです。
今までキリスト教の教会に時々礼拝する、牧師さんお話を、聞く程度だったんですけど、これを機にまた先生のところにお話を聞きにまた来たいなっていう風に思いましたので、やっぱり自分のその死の問題は、やっぱり自分の精神疾患の問題から来るものじゃないかなっていう風にも思っていて。
その関係性だとか精神疾患の捉え方だとか、そのキリスト教にどうしても求めてしまうものっていうか、救われたいっていう気持ちにさせるものっていうのが自分の中にはいくつかあって、そういうものってこう対話、牧師の先生と対話することでしか、こうやっぱり救われないんじゃないかなっていう風に思っていて。
ちょっと山本のその教会に通ってたんですけど、ちょっと僕にはちょっと理解できないというか、お話がすごく難しくて。
はい、難しくて。で、ちょっとなかなかこう、ちょっと今の死の、死の現象についてもちょっと聞いてみたこともあるんですけど、なかなかちょっと難しくて、自分には理解できないなっていうのもあって。
今日も山村さんを通じて土橋先生にお時間いただいたんですけれども、すごく分かりやすいお話で、ほんとに自分の恐怖感が和らぐんじゃないかっていうふうに期待して、もう1回話を聞いてみようっていう風に思いました。
はい。
出入で結構。やっぱ。でも難しいかもし。
そうなんですか。
わかんないけど、なるべくわかりやすくとは思うけど。
うん、なかなかね。そうなんですね。私もあんまりそんなに話上手ではないから。
いやいやいや、そんなことないですけど。うん、
また、いつでも。
はい。ありがとうございます。はい。また今日の感想を送りたいと思いますけど。
はい。
顔が見えてよかったです。
そうですか。私も。はい。先生と実際にお会いして、こうやって対話できてよかったです。
はい。今日のお話、ちょっともう1回感想を書きたいなと思ってましたので。
ええ、お願いします。
ごめんなさい。お名前は?
寺田学と申します。
あのね、精神疾患のせいだから(死の恐怖が起きるんだ)って思われてるかもしれないけど、でもやっぱりね、多くの人はそういうもの、少なくとも感じたことのない人は1人もいないと思いますね。
はい。うん。で、それをなんかごまかしてしまっているのか、あるいは1つの覚悟を決めて、死ぬときは死ぬときだって覚悟を決めているのか、色々あるだろうと思うんですよね。
でも、やっぱり、例えば災害があって、東日本大震災があったら、ああいうので、その日の朝には誰も今日死ぬって思った人はいないだろうっていうこと考えると、なんかそれはやっぱとても辛いなって思うし、東日本大震災のことで、その直接被災地の人じゃなくて、やっぱりそういうその日、死を考えていなかった人が突然死んでしまったっていうことで、そのことを聞いてやっぱり心苦しく思ったり、自分のことのように思ってしまう人もいるっていう人では、うん、やっぱり災害とかああいうのがあると、それはほんとに死っていうのはやっぱり大変なことだなあと。
そうですね、やはり地震、地震が1番それを身近にか、日本の場合を感じるなっていうのがあって、その能登の震災の時も、その奥さんと子供、みんな家の下敷きになった方いらっしゃったじゃないですか。
で、テレビが僕、全く見れなくて。
そうですよね。
で、あの頃から死の恐怖はあったんですけど、もう死ぬのが怖いと思って、んで、こんな目にあったらもう耐えられないっていう風に思って、その死、テレビをしばらくNHK見るのやめたんですけど、そっから、そう、明確にはそっからやっぱり始まってる、恐怖感ってのは始まってて、僕は、去年の3月から今年の1月まで、ちょっと精神疾患でずっと入院をしてたんですよね。
入院して、精神を病んで入院してたんですけど、その時のことは考えなかったですけど、やっぱりこう、体調というか、精神を崩した時に、やっぱりこう、そういうものが強くなったりとかっていうのが、こう、退院してきてからあって、こう、うなされたりとか、朝起きた時にも、恐怖感でどうしようもなくなったりとかっていうことが一時期あって、今だいぶ収まって、話もできるようになったんですけど、だから、そういうのと連動してあるんだなっていうのもちょっとわかって。
とにかく、地震は、能登の地震は、すごく強烈でしたね。
あのね、正月、その時の夕方に会って、や、ほんと、元の人たちは辛いね。
はい、そうですね。
でも、1番、なんか、私も、色々こう、関わり持ってるところもあったりすると、まず、なんかね、忘れられることがとても悲しいっていうから、少なくとも思い起こして、忘れてませんよっていうのを。で、知ってるとこには、ちょっと手紙をね、送ったような感じで。うーん、うちが教会の人でもね、ボランティアで。
そうなんですか。
ふー
あ、色々、こう、ここでね、なんか生きて、例えばテレビ、ラジオ、いろんなあれがあると、そういうニュースがどっかで入ってきて、それでまたね、ここの、こう動かされてるか、揺れ動いちゃったりとかあるでしょうけど。
そうですね。
そういえば、精神疾患っていう場合には、例えばどういう感じでカテゴライズされているんですか?
僕の場合は、いわゆる躁鬱病っていう風な名前で、双極性障害っていう風に言うんですけど、双極性障害がメインで、あと、発達障害で、自閉スペクトラム症っていうものが大人になってから診断されて、僕、双極性障害って診断されたのは18の時で。
そうですか。今51なんですけど。で、40代に発達障害で、自閉スペクトラム症っていう風に診断されて。
あともう1つは、やっぱり僕は疑ってるのは、やっぱり不安障害っていうか、死のことを色々考えたりもしてて、抜けないのが、なんか不安障害的なものがあるのかなっていう風なことは思ってるんですけど、医者からそういう風に言われたことはなくて、はっきり診断されてるのは躁鬱病とそれから自閉スペクトラム症で。
なので、山村さんともちょっとこう、発達の当事者会で話をしたりとかする機会があるんですけど、双極性障害っていうか、躁鬱病の人ってなかなかいなくて、あんまりお話する機会がないっていうか。
はい。そっちの人はいないですかね。
うちの教会にもね、躁鬱の人いるんですよね。
そうですか。
もう随分年配の方でね、今はちょっと鬱の時期になって、ちょっと教会来ねないですけど、ちょっとね、むしろその躁のところ抑えなきゃっていうか。
そうですよね、躁の方が強いと、ほんと困ってしまうっていうか、社会的にかなり大変なことになってしまうんですけど。
僕はどっちかっていうと、鬱の方がすごい強くて、そうって言っても、いわゆる軽躁っていうか、軽くハイになるような感じなんですけど、どちらかっていうと、こう、寝込んでしまうことで困ってしまうみたいな、あんな日常のことができなくて、寝込んでしまって。
で、仕事もこれから探していかなきゃいけないんですけど、どうしてもこう、規則正しくこう、生活を送ることができないので、途中でどうしても、どう頑張っても、こう、落ちてしまう時があるので、それはどう最小限にするにはどうしたらいいかと、いつもこう考えて生活したりとか、お薬飲んだりはしてるんですけど、なかなか難しいですね、こう、一定のリズムでこう生きるのっていうのは。
いや、ベテルの家とか。
あ、はい。
ね、うん、前にここでもべてるの人たちを呼んだことあるんだけども。
そうなんですか。
もう10何年前から、向谷地さんって方と、あとは当事者の2人を呼んでね、お話を回って、で、やっぱり僕も関心あって、色々、けど、あそこすごいのは、やっぱりそういう人が一緒に共同生活して、うん、そして、働きたい時に働きたいよっていって言ってくれた方がいいよね。
ああいう作業所みたいな、ああいうのをどっかここでも作れたらいいのかもね。
あのね、震災の後、石巻ではそういうの作ったみたいだね。
ベテル。そうなんです。あとは、ベテルのその思想で、池袋にもそういうのなんかやってるっていう話は聞きましたね。
だから、なんかもうちょっとそういうの。そうですね。
なんで。それはね、僕はね、1つはね、もちろんそういう病気抱えた人がそうだっていうだけじゃなくて、病気じゃないけど、病気とは診断されてないけど、やっぱり気分が乗る時と乗らない時とか、うん、どうしても今日はあれだって、そういう時ってあるじゃないですか。
あります。で、今の世の中は、やっぱりね、それは、だから日本は特にそうだって言われてるよね。
規則正しくやることがなんかもう当たり前だ、うん、あるいはそうしなければ社会人として恥ずかしいみたいだったでしょ。でもこの間ね、な、ドイツ、スイスとかに行ってきた人が話してくれたのは、その向こうがね、電車が遅れてもバスが遅れてもみんな普通なんですよつってして、最初はそれに苛立ったの僕だけだったけど、ふっとこう考え出すと、それはそれでいいなっていう風に思えるようになってきたって。
で、ドイツは昔はもっと、その時間にうるさかったか感じがあったのに、今、ドイツも結構送れるようになってるらしいって言って、で、なんか日本はそういう点で、こうこうきちんと、しないことをきちんとしないとダメな社会とか、あるいはもう何分刻みで電車が来るような社会になっていて、うん、それがやっぱり生きづらさになってんじゃないかなとかね、そうですねって。
ここが、紀伊もそこそこの紀伊が、山本もそこそこの街かもしれないけど、東京とか違ってもっと時間にゆったりしてるから、そういう感覚の何か起こせたらいいかもしれないね。
そうですね、そういう考え方っていうかは、すごく楽というか、あれですね、リラックスできますね。
なかなか決まった時間に自分たちを合わせなきゃいけないので、どうしたってイレギュラーなことが起こってしまうので、それをこう、なんとか合わせようとするのは、ちょっとこう、精神疾患抱えてるとすごい大変で。
うん、はい、なかなか毎日同じリズムでっていうのはどこでも要求されるんですけど、やっぱり精神の人はそういうところが苦手だから。
ええ、どうしても、仕事の継続というか、仕事、同じ仕事をずっと続けることができなかったりとかして、まだこう、知的障害の方とかの方が、そういうところはこう、得意というか、うん、こう、同じリズムで、こう、だんだんと、こう、繰り返す仕事に就けば、それをずっとやってるっていうのは、あまり苦ではないので、その、気分の障害とか、その、考え方とかの障害とかっていうものではないので、そういう、こう、同じリズムとかを規則正しくっていう点からすると、知的障害の方の方が、割合、こう、適応できるのかなっていう気はしますね。
はい。
そういう人たちをね雇って
そうですね、そうですね。だから、どうしても精神の場合は、勤怠で落とされちゃうっていうところもあるみたいですね。
なんか、でもね、同じような悩み持ってる人、結構ね、いると思いますもんね。そうですね、はい。と、いろんな当事社会出てもやっぱり同じことを考えてるし、仕事の面でもそうだし。
はい。
でも今日ね、寺田さん、よく来てくださって。すいません。
いえいえ、とんでもないです。ほんと、時間割いていただいてありがとうございました。
はい、すいません。
ありがとうございます
なんか、山村さん。ええ、カウンセリングの資格を持ってるらしくてね。
最初、僕、山村さんに話を聞いてもらおうかなと思ってて。
それで、土橋先生の紹介してくださって。はい、facebookで。facebookで繋がってお話はさせてもらってるんですけど。
はい。山村さんも。でも、いろんなことね、やりたがってるからね。
そうですね
だから、大丈夫かしらと思って。
僕も当時、当事者会でちょっと顔を合わせただけで、あとはずっとfacebookで話してるだけなんですけど。
はい、そうですね
いろんな人がいて、それでそれぞれいろんな特性を持ってるから、その人が突拍子ないものやったとしてもしょうがないなってうん、言うぐらいですよ
そうですね。
それはそれで。別にそれでなんか命取られるとかね、なんか大きな被害があったら大変だけど。
はい。そういうことでない限りは、そういう心づもりで付き合っていけばいいと思うけど。
そうですね。
いろんな人がいるっていうところは不思議だけど、やっぱりある意味では面白いなって思うんですよね。
うんうん。自分と同じ人は1人もいないっていうのは、やっぱりすごいことだなっていう。
うん、なるほど。共働学舎っていうのはご存知ないですかね。
ああ、山村さんのところに書いてあったんですけど、どんなあれですか。山口村の方にね、あるんですけど、
なんか1回テレビで見たかも。
そう、知的障害、精神障害の人が一緒にの作業しながら共同生活してるとこで、うん、それはそれでいろんなストレスはあるとは思うんだけど、でも、なんていうかな、こう、僕なんかは、ああいうとこあると、ちょっと自分でも、もし何かあったら、そこお世話になろうかなとか思ったりもするんですよね。
やっぱりそこの、最初にそこ始めた宮島慎一郎先生っていうのが、目が見えない遺伝的な体質の中で、もう40代で目が見えなくなったんだけど、目が見えない中で、そういう障害者との共同生活を始めるようになって、んで、うん、で、そん時に、なんかの本に書いてたのは、やっぱりあなたっていう人はほんとに世界中でたった1人なんですって。
うん。あのね、たった1つしかないダイヤモンドがとても貴重なように、こういう価値を持ってる存在なんですよっていうのは、うん。で、そう考えたらね、ほんと、地球だけじゃなく、宇宙全体にしても、自分と全く同じ人なんて1人もいないんだよなって、うん、思いました、そうですね。
だから、やっぱり、生きていっていいし、そして、そういう感覚で他の人も尊重できれば1番いいんだけどね。
なかなかそうはいかなくて、難しいんだけど、でも、ふと考えて、冷静になって考えてみると、うん、ほんとに、かけられないものとして生かされてるんだろうなっていう、うん。
はい、まだまだ、柳谷先生に聞いてみたいことってあります。そうですね、また、柳谷先生とはお話したいなっていう風に思ってるので、またお時間ある時にぜひ。
はい、お話してほしいです。今日もほんと、死の死についての見方っていうかは、自分の恐怖の軽減になると思うんで。
はい、ほんとに来てよかったです。ありがとうございました。
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